「静」という字に学ぶ

午後からの風が 気温上昇を抑えてくれましたね。
また暑くなると聞いていたので、
母が一人どうして過ごしているか
心配しながら帰りましたが、
「いい風が通り抜けてよかったよ、」とのこと。
良かった。お茶もまあまあ飲んでたね。

争いが澄み切る=静
争いが澄み切る=静

夕刻、仲間のママが寄ってくれていて、
お友だちも一緒に宿題を片づけながら
話をしていたのですが、
娘っ子が「れいせい(冷静)」てどう書くの?と聞いてくるので
頭冷やしてで冷蔵庫の冷に、静か、は青へんに、争う、」と答えかけて
えっ なんで静かやのに争うねん?
と しょもない疑問。なんでやろ、なんでやろ、と繰り返す母に、
娘っ子は「静という字のほうが争うより先にあったんや。
争うは関係ない」などとまことしやかに言うもんだから、
ほう、そうなん?と一瞬納得しそうになった母。
ん?それほんま?と尋ねると、
「そうじゃないかな~と思って^_^;」やって。
なんだよう、信じそうになったじゃんかよう。

気になったので、いろいろ調べてみました。
写真は管理人が中学校の時から使い続ける漢和辞典。
久しぶりに開きましたがな。
でも、字のおこりとか、字源、なるものは解説がないので
ネットでもいろいろ調べてみています。

すると、なんと漢字の成り立ちやおこりについては
ただいま業界を真っ二つにわける論争があるということを
初めて知るなど、なんだかそれなりに勉強になりました。

諸説ありますが、管理人が腑に落ちた答えは、
・静という字は形声文字*である。
(*形声文字:つくりとへんで、
形で示す意味と音、つまり
読むときの音の役割を分担する文字のこと。
音の部首は意味をなさないが、
多くは連想させる意味を持つ)。
・静は青へんが音を、争い・諍いが形を示す意味を持つ。
・字の形は、青は井がたの中に入った染料(着色料)が下の部分
上の部分は土の上に草木が伸びたさまを表し、意味としては澄み切ったというかんじ。
・争は、上からと下からとで棒、つまりクワを引っ張り合う姿を現していて、
つまり争う、諍いという意味だそうです。
・二つの意を合わせると、争いが澄み切って、静かになる、ということで
静か、という穏やかな意味を持つ字の中に、争う、という穏やかでない字が入っていても、
それは全く自然なことである、という意味なのかもしれないです。

ふうん。。争っていても心を研ぎ澄ましていけば
冷静になれるのだろうし、心静かに過ごせる、ともとれるんだな。
争う者同士が互いの違いも存在をも認め合うことで、
澄み切ったすっきりした関係に落ち着くことができる
美しい色に染め上げることもできる、ということか。

管理人が20代の多くを費やしたとある武道は、
諸派ありますが、美しい舞のような身のこなしや
袴の音だけふぁさりと道場に響く受け身が特徴的です。
一見美しいその動きだけを目指すこともままありますが、
管理人は結構のめりこみましたので
先輩方や指導者の方の熱いご指導にまみえ、
周囲の同志とともに、ぶつかり合うことや
せめぎ合うことにも挑戦したものでした。
つまり、どこで力がぶつかるか、どこに力の方向が向いているか
ということを理解したうえで、
さばき方や身の振り方を稽古していました。
その結果、相手の力や位置とうまく調和して、
紙一重の動きや返しを心掛けることができたことを思い出します。

つまり、最初から静かで美しい技に身のこなしだけを稽古しても
どこか地に足ついていないし、ほんま踊りのようになってしまうけど、
ぶつかり合いせめぎあい力のやり場を理解しあって初めて
静なる動きに到達できる、ということを、体で学んだように思います。

おや、静という文字をきっかけに 
思い出話まで飛び出してきてしまい
全く落ち着きのないこと。
でも、
「静」
という文字がとても好きになりました。

心理的な争いや対立って、いろんな場面に沸きおこるけど
心とぎ澄まして 相手と自分を入れ替えてみたりして
いつのまにか静まり返った泉のような心持ちになれたら
争いも昇華されるに違いない。
言うは易し、なんだろうけれど。

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