送り火を見届けて。

まだまだくっきり大文字。

木曜夕方。

京都駅で義兄と待ち合わせて

ようやく六人、

夏休みフルメンバーに。

昨年あまりよく見られなかったから、と

京都は五山の送り火を見る

リベンジツアーです。

昨年居酒屋で過ごしてるうちに

点火の瞬間を見逃した経験を踏まえ

今回は、早めに夕飯を

みんなでとってから

出町柳辺りに向かいました。

だんだん燃え尽きて行く大文字。

点火の40分前なのに

凄い人出と

警備案内、

人も一方通行な橋の様子にびっくりでしたが

鴨川の川縁から

なんとかはっきりと、

大の一文字を拝むことができました。

お盆に帰ってきた人の魂を

再び送るための火。

驚いたのが、点火して五分程度から、

どんどん人が動き出したこと。

ああ、みんな点火を見届けたら、

帰るものなのか。

我がグループも、例にならい、

橋の西側に渡りきって、再び振り返り、暫く眺めると、

松明ごとに火の勢いが

だんだん

弱って行っているのが見えます。

「まるで、

人の命が閉じていくときのようだ。」

大の字を形作る点々の明滅が

よりはっきり、でも弱々しく

こちらに訴えてくる。

そんなことを一人ごちると、

甥っ子が、

「ああ、だから大の字なのかな。

人の形と同じだ」

と応じてくれます。

なるほど。

それから、こんなことも考えてしまったこと、

もう少しお付き合いして、

聞いてもらえますか?

力強い火を見届けると同時に

背を向けて帰りだす人の波に、

現在が「生」のみを見つめ、

「死」や「終わり」を

見届けにくい社会であることの

象徴のように感じたのです。

ほんまはこの消えていく命を

見届けることが

自らの生に感謝と愛情を持つ

最良の方法なのにな。

生きるための方策を

どこまで施すか、受け入れるか

迷い、さ迷うことのないよう

心に灯火をもっていたいと思います。

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