静かで長い一瞬。

我が家の隣地に母佇むを見た haru

10日ぶりの仕事を終え

最寄り駅まで帰る。

バスの到着を待って

乗り込もうとしたところで

乗る作業に

ゆっくり取り組む

お年を召したご夫妻(とおぼしき男女)に出逢った。

お二人ともほっそりとされていて

女性は男性にゆっくりと

手を引いてもらいつつ

乗り口のステップを

一段、一段、と

上り切り

座席までたどり着かれた。

私はそのあとに乗り込み、

お二人のちょうど通路をはさんで隣の席に席を得た。

平日午後のバスは空いていて

私が降りるときには、もう一組か二組しか残っていなかった。

降りようとして、再びそのお二人が一足先に降り口に立たれたので、

私もゆっくりと降りるご様子を見届けてから、バスを降りた。

最後のステップで妻が待ち

夫が先に降りて

ゆっくりと手を添えさせ

少し地面までは高さを伴う

妻の旅をそっと手助けされるそのようすを

私は目のカメラで見届けつつ

バスを降りた。

逆方向に歩んでいかれるそのお二人を

もう一度振り返って見てから

家までのほんの二分歩く間に

思いが込み上げてきた。

とても静かな長い一瞬を見た。

父の晩年に

あのような父と母の様子を

何度か目にしたことを思い出した。

私は 父の看病をどうしてもしてあげたくて

当時とても気持ちが不安定で

弱り行く父を前に

何もしてあげてくれない母を

疎ましく思ったりしていたけど

本当に邪魔をしていたのは

私かもしれなかった。

父の最期を看取らせてもらったことに

満足こそすれ、後悔のひとつもなしに

この七年間過ごしてきた私。

こんな気持ちになったのは

父と母を

ようやく受け入れられたからなのかもしれない。

いつまでも青臭い

成長の遅い末の娘の自分を

両親が今も見守っていてくれているだろうか。

そんなことを思いつつ、

我が家への角を曲がると、

こんな野生の百合がたたずんでいた。

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